「当たり前」があることは成長している証

客観的に今の自分を見てみると……

学生時代は「毎朝同じ時間に会社に出勤して働いている社会人、まじすごい!」そう思っていました。

独身時代は「仕事と家庭の両立をしながら働いている先輩、まじすごい!!」そう思っていました。

結婚して産後、再就職するまでは「家庭生活を回しつつ、子どもを育てながら働いているママさん、まじすごすぎる!!」心からそう思っていました。

それが、今は私もかつての私が「すごい!」と尊敬していた立場の一人に。

でも、普段の生活で「私、まじすごい!」なんて、自分を誇らしく思うことはまぁなくて。。。

それどころか、出来ない面、至らないところに目を向けては自己嫌悪になることの方が多いです。

きっと私のような方、多いんじゃないかな。

自分に厳しい、とかそんなんじゃなくて、当たり前の価値が自分に関してはなぜか見えなくなりやすいのは母に多い気がします。

もっと自分にもやさしくありたいですね。

もちろんこれは、自分に限った話ではなくて、家族が提供してくれている「当たり前」の上に私の幸せもあることを忘れないようにしています。

家族がみんな元気でいてくれること

仕事や学校を楽しんでいること

夫婦仲も親子仲も良好なこと

明日の心配もなく安心して夜眠れること

言い出したらきりがないくらい、たくさんの「幸せな当たり前」を私は家族からもらっています。

それにいちいち感謝して、いちいち伝えられる自分でありたい。

特に子どもに関しては、できることが一つでも増えたら「もう〇歳なんだからできるようになるのが当たり前でしょ!」なんてことは言わず「当たり前にできるようになったなんてすごいね!うれしいよ!!」と伝えるようにしています。

実際、子どもたちはすごいですよね。

雨の日も風の日も学校に嫌がらず学校に通うだけで偉いと思うし、ほんの数年前まで立って歩くことも、満足に話すこともできなかったのに、今では私ができないこともできるようになっているなんて!感動すら覚えます。

しかし、フルタイムで働きつつ、家事や子どもたちのサポートも……と、かつての私から見ると今現在も結構な重さの甲羅を背負っている状態に思われる私の毎日。

この甲羅はもはや全然苦ではなく、楽しみだったり生きがいだったりもするのだけれど、子どもたちが大学生なんかになって子育ての甲羅を下ろしたら、時間と気力ともしかしたら体力までめっちゃ持て余すかも!なんて思います。

ちょっとジャンプしただけで日本を飛び出しちゃう私になってるかもね、なんて思うとその時が楽しみです!

大変な時、辛い時ほど、頑張っている時。

それが当たり前になった時は、一つ成長した自分になれた時。

いつだって良いところに目を向けて、自分で自分を褒めてあげたいですね!

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