「当たり前」があることは成長している証

インスタグラムがきっかけで私の家事のやり方を興味を持ってもらうようになってから、「マメですね」とか「きっちりしていますね」とか「丁寧な暮らしですね」だなんてお声をかけてもらうことも多いのだけれど……

私はマメでも几帳面でもないし、丁寧な暮らしもしようだなんて思っていなくてですね。。。

気持ち良くゴロゴロだらだらできるように必要最低限のことを、出来るだけ効率良く済ませたい。

丁寧な暮らしを求めることに興味はなくて、自分の快適な暮らしを求める際のやり方や仕上がりが、結果的に「丁寧な暮らし」のようになるのならうれしい。

こんな感じのことを思いながら暮らしています。

そんな私も、独身時代や子どもを持つ前は、今より全然だらしなくて朝ごはんの食器をすぐに洗わずシンクに溜めておいて、夜にまとめて洗う……なんてこと平気でしていました。

(ひどい時には、翌朝まで溜めたりも……)

母はフルタイムで働きつつも家事をバッチリこなすさばけた人なので、そんな私の一面を知る度に「なんてだらしない子!」といつも驚いていたものです。

それが時が経ち……

ただ仕事と自分のことだけしていたあの頃よりも、もっと時間がないはずの今は、使ったらすぐにリセット、汚したらすぐに掃除を、が当たり前になりました。

今となっては、食器を洗わずシンクに……は気になっちゃって逆に無理に。

あんなに「時間がないから」「仕事で忙しいから」ってことを理由にしては、いろんなことを面倒に億劫に感じていたあの頃の暮らしを思い返すと、今と比べて「いやいや時間めっちゃあるやん!」「やること全然少ないやん!」と自分でも何をそんなに大変に思っていたのか不思議なくらいです。

今は時間が限られているからこそ、ちゃちゃっと済ませたい。

人は変わるものですね。

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